大判例

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東京高等裁判所 昭和23年(ネ)58号 判決 1948年6月30日

控訴人

株式會社對山莊

外二名

被控訴人

御殿場町農地委員會

靜岡縣農地委員會

靜岡縣知事

主文

控訴人株式會社對山莊の控訴を棄却する。

原判決中控訴人高根正昭及び同ユキに關する部分を、左の如く判決する。

被控訴人等は別紙第二目録及び第四目録の土地の内八反歩の範圍については、さきに右土地につきなした農地買收手續を爾後續行し又は該農地の賣渡手續をしてはならない。

控訴人高根正昭及び同高根ユキの其の餘の申請は、これを棄却する。

控訴人株式會社對山莊の控訴費用は同控訴人の負擔とする。

控訴人高根正昭及び同高根ユキと被控訴人等との間に生じた訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その二を同控訴人等の負擔とし、其の餘を被控訴人等の負擔とする。

請求の趣旨

原判決を取消す。被控訴人等は別紙第一、二目録の土地については、昭和二十二年五月二十九日、同第三、四目録の土地については、同年六月十三日を以て認定した農地買收手續を計畫、手續を續行してはならない。被控訴人等は買收した農地の賣渡をしてはならない。

事實

控訴代理人において、本件土地に殘された文化的施設を具體的に述べれば、左の通りである。

(イ) 道路。從來の農耕地時代の道路を擴張又は新設して、幅員四間、延長約千間の幹線道路を完成し、前に支線道路を開設し、分讓豫定地を碁盤面の如く區劃して、自動車の出入も自由にした。

(ロ) 水道。分讓地の各區劃の何れの部分にも引用できるように、幹線パイプを通じ、その延長約六百間に逹し、その水源地は分讓地を圍繞する風致林を遡り、遠く御料林中にあり、その引用のため特に許可を求め、山上より流下せしむる疏水工事をし、約三百間の部分に施設をして、水壓利用のため、中復に水槽を設ける等、相當な規模の上水道を完成して現存している。

(ハ) 電燈。二ノ岡電燈株式會社を設立して、大半を出資し、分讓地一帶及びその附近に送電し得るよう裝置を完成し、現在に至つている。

(ニ) 風致林。分讓地は都塵を隔絶し、閑靜にして風光明美な高冷地であるので、來住者の趣旨に合致させるため附近の山林を特別價格で買取り、風致林とし、且つ水源の涵養に努めた。

(ホ) 公共運動場。來住者のため控訴人對山莊は、テニスコート二箇所、ブランコその他の運動施設をして、一般に公開した。

(ヘ) 事務所、倉庫。分讓地居住者のためサービスステーションたる事務所を設け、別莊地の警備に充て、更に居住者の希望により、家財道具の保護預りをするため、倉庫を設置した。

(ト) 下水道。道路の兩側に下水道を設け、衞生設備の完全を期した。

以上の施設は悉く本件土地を住宅地として使用することにおいて意義を有し、現に二十一戸の住民の使用に供されている。爾餘の本件土地も現在農耕地となつているが、その使用目的を變更することが極めて自然である。(以上略)と述べた。

理由

控訴會社が別紙第一及び第三目録の土地を、控訴人正昭が同第二目録の(一)乃至(五)及び第四目録の土地を、控訴人ユキが第二目録の(六)乃至(十)の土地を夫れ〓所有していること、右各土地につき、被控訴人御殿場町農地委員會が自作農創設特別措置法(以下自創法と略稱する。)に基き買收計畫を決定し、控訴人等が之に對して異議の申立をしたが却下となつたので、控訴人等は更に被控訴人靜岡縣農地委員會に訴願したが、其の訴願も亦却下となつたこと、從つて本件土地の買收手續が進行せられ、更にやがて賣渡手續が行われる段階に進んでいることは、當時者間に爭がない。

控訴人等は、本件土地は其の主張するような理由で自創法に所謂農地でないと主張するから審究するに、證人高根包子の證言及び同證言により眞正に成立したものと認められる甲第五號證の一、二、第六號證、第十號證、本件土地の現場の寫眞及び畫はがきであることにつき、當事者間に爭のない同第十二號證の一、二等によれば、本件土地の地主、小作人等は、大正八年以前に、「東田中耕地整理組合」を作り、貯水池を設けたり、その他いろ〓の設備をして、本件約十町歩の土地を田にしようと計畫したが、本件土地が之に適しなかつたので、不成功に終つたため、右地主、小作人等は控訴人正昭の先々代高根義人に本件土地の一括買入を申込み、同人も之を承諾して、大正八年中控訴會社を設立して本件土地を買入れ、爾後本件土地を千坪乃至三千坪に區劃して、宅地として分讓することを計畫し、大體控訴人等主張の樣な道路、水道、電燈、テニスコート、事務所、倉庫等の設備をした結果、その後順次十五箇所(約一萬七千二百坪)の土地が分讓され、二十一軒ばかりの家が昭和十二、三年頃までに建てられたことの疏明が得られ、又日支事變の勃發後は、寸土の空閑地も許さないという當局の戰時特別指導の結果、昭和十二、三年頃控訴人等は附近住民の切なる願により、本件土地を控訴人等が宅地として他に分讓するときは何時でも無條件で返還するという特約附で本件土地の耕作を許し、現在本件土地は耕作地となつていることは、控訴人等の主張自體及び本件土地の現場の寫眞であることに爭のない乙第一乃至第六號證により一應認められる。而して本件土地が現に耕作されて農地となつている限り、假令控訴人等主張のような事情があつても、農地として自創法の適用を受くべきでないとの控訴人等の主張は採用できない。(中略)

次に控訴人等は、本件土地は自創法第五條第五號の、近く土地使用の目的を變更するを相當とする農地に該當すると主張するから審案するに、本件土地が文化住宅地として分讓するために、前記認定のような經緯により、それぞれの施設がされたこと及びその一部が既に分讓され、既に二十一戸の家ができていることも前記の通りであるから、控訴人等がこれをいつまでも農地として置かず、當初の計畫通り分讓地として宅地に使用目的を變更する意圖であることはわかるが、本件土地が近く使用目的を變更することを相當とすることについては未だその疏明十分でなく、却つて昭和十二、三年以後殆んど分讓地として讓渡されて居らず、終戰後も今日まで同樣であることは、控訴人の主張自體で察知できるし、この事實よりして都會地から相當離れた本件土地に急速に文化住宅地を建設することは現下の社會情勢から見て相當難しいものと認められ、一方急速廣汎に自作農を創設し、農業生産力を發展させるために制定された自創法の趣旨から考えて、本件土地を同法に所謂近く使用目的を變更することを相當とする農地と認めるのは妥當でないから、控訴人等の右主張も理由がない。(中略)

更に控訴人等は、本件買收の對價は不當であると主張するけれども、本件の場合の對價が不當であるとの理由で、本件土地の買收並びに賣渡の行政行爲を停止することは、之を許すべきでないと解すべきであるから、右の主張も採用することができない。

次に控訴人等は何れも御殿場町に住所を有する在町地主であるから、少くとも控訴人等各自につき、靜岡縣の在町地主の保有面積たる八反歩宛買收計畫より除外すべきであると主張するから、この點を審究するに、成立に爭のない甲第八號證の一、二、第九號證の一及び乙第十一號證、證人高根包子の證言及び同證言により眞正に成立したものと認められる甲第九號證の二と、控訴人ユキが控訴人正昭と同一戸籍に在り且その後見人であることが記録上明かであることを綜合すると、控訴人正昭及び同ユキの住所は元東京都大森區新井宿一丁目二千三百四十五番地にあつて同居していたが、昭和十九年六月中その居住家屋(控訴人正昭所有)は強制疎開で取毀されることになつたので(同月三十日取毀完了)、控訴人ユキは一切の家財の整理をして同所を引拂い、自分の住所及び自分が後見人をしている控訴人正昭の住所を御殿場に移したこと、及び控訴會社の本店も前記の場所にあり、右正昭の家屋の一室を事務所に當てていたが、前記のように右家屋が取毀となることになつたので、控訴會社の取締役である控訴人ユキは、自分の住所を御殿場町に移すとき、同時に控訴會社の一切の帳簿書類等を携えて、控訴會社の本店を事實上自分の住所に移轉したことの疏明が得られる。尤も證人高根包子の證言によれば、控訴人正昭は住所移轉當時から東京都澁谷區千駄ケ谷三丁目四百九十六番地高根包子方に同居しているが、右は同控訴人が學生として就學の關係上、控訴人ユキと同居しなくなつたことがわかるから、このことは、控訴人正昭が御殿場町に住所を移轉したことを認める妨げとならない。又證人長田斧作の證言及び同證言により眞正に成立したものと認められる乙第十號證によれば、控訴人ユキが御殿場町東田中の部落會に轉入したのは昭和二十年十二月二十一日であることの疏明を得られるが、證人高根包子の證言によると、控訴人ユキは當時御殿場町で小作米もとれたし、一方東京にはユキ名義の建物があり、色々な事情で、右のように住所を移轉したが、すぐに轉入手續をしなかつたことが疏明されるから、被控訴人等の右疏明も前記控訴人ユキの住所移轉の反對疏明とするに足りない。

次に前顯乙第十一號證及び右高根包子の證言によると、控訴會社の本店の登記は今でも從前の場所になつており、右は戰時中であつたため、本店移轉の變更登記手續ができず、その後今日までのび〓になつていたものであることがわかるけれども、登記上本店所在地が上記の通りであつた以上、御殿場町農地委員會から、在町地主として認められなかつたとしても、やむを得ないといわねばならない。然し、控訴人正昭及び同ユキについては、右のように在町地主と認むべきであるから、本件土地の買收計畫をするにつき、在町地主としての保有面積を認めて、之を買收計畫から除外するを相當とする。而して控訴人正昭は、前示の如く同ユキと元來同居の親族であるが、自創法第二條第四項に規定する特別の事由により、ユキと同居しなくなつたものと認むべきであるから、其の保有すべき面積は、兩人所有地を通じて定むべきである。即ち被控訴人御殿場町農地委員會は、同控訴人等所有の第二及び第四目録の土地の内、靜岡縣で認められている保有面積八反歩(この點は當事者間に爭がない。)を本件買收計畫から除外すべきである。控訴人等は各自につき八反歩を保有すべきであると主張するが、上記の如く控訴人正昭と同ユキとが、同居の親族であり、正昭が特別の事由により、ユキと同居しなくなつた場合であるから、自創法第四條第一項によつて、同法第三條の適用については、正昭の所有農地はユキの所有農地とみなされ、結局通じて八反歩を保有し得るに過ぎないと解すべきであつて、控訴人等の右主張は採用できない。

以上の次第で別紙第二及び第四目録の土地の内八反歩については、このまゝ被控訴人等により之が買收手續及び賣渡手續を續行せられるにおいては、控訴人等の提起せんとしている本件農地買收計畫の無効確認請求訴訟に勝訴の判決を得ても、右土地の所有權を囘復するのに著しい困難を生ずるものというべきであるから、控訴人正昭及び同ユキの本件假處分の申請中八反歩につき、被控訴人等に爾後の行政措置の續行の禁止を求める範圍においては、理由ありといわなければならない。

なお控訴人等は、本件につき主張事實の疏明が不十分の場合には、之に代る保證を内託するから、本件假處分申請を許容されたいとの申立をしているが、本件については保證金を以て疏明に代えることを許すのは不適當と認めるから、右申立は採用できない。

被控訴人等は、假處分を以て行政行爲を停止することは、司法權の範圍を逸脱するもので許すベきでないと主張するけれども、新憲法が行政事件の訴訟を司法裁判所の權限に屬せしめた趣旨と、新憲法施行と同時に行政裁判所が廢止せられて、日木國憲法の施行に伴う民事訴訟法の應急的措置に關する法律に第八條の規定を設けた趣旨とを考えると、行政廳の違法な處分の取消又は變更を求める訴については、別段の規定のない限り、民事訴訟法の規定に基いて審判させる法意であると解すベきで、從つて行政事件の訴訟には、民事訴訟法の假處分に關する規定も準用あるものと解するを相當とするから、之と反對の見解に立つ被控訴人等の右主張は採用することができない。

以上認定の如くであるから、控訴會社の本件申請は理由がないから、同控訴會社の控訴は之を棄却すべきものであり、控訴人正昭及び同ユキの本件申請は、前段認定の範圍においては、之を理由ありとして認容すべきであり、其の餘の部分は之を失當として棄却すべきである。從つて原判決中右控訴人等に關する部分は一部不當であるから、之を變更すべきである。

依つて民事訴訟法第三百八十四條、第三百八十六條、第八十九條、第九十五條、第九十六條、第九十二條、第九十三條を適用して、主文の通り判決する。

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